学校じゃ教えてくれない英語の発音: 勝手に y, w, r を発音してもいい!?

※本記事は発音記号の知識を必要とします.

 

サイゼ美味しいですよね.安くて美味くて最高です.時々Twitterでは論争が起きますが,私やうちの彼女はサイゼデート全然アリ派です.

 

さて,そんなサイゼですが,皆さんはサイゼを略さず「正しく」言えるでしょうか.問題となるのは最後の文字です.

 

サイゼリ「ア」?

サイゼリ「ヤ」?

 

正解はサイゼリ「ヤ」の方です.よく「サイゼリ屋」で覚えろって言いますね.

 

今回の問題はこの「ヤ」です.何故「サイゼリア」という間違いが生まれるのでしょうか.実際に口に出してみればわかりますが,「y」の音を入れていないつもりでも「リ」と「ア」の間にかすかに「y」の音が挟まるのです.

 

何故こんなことが起きるのかというと,母音と母音の連続は発音しづらいからです.y がないと [saizeria] となり,i と a が連続します.母音連続 (hiatus) はどの言語でも嫌われる傾向があり,大抵それを破壊するもの (hiatus breaker) というものが挿入されます.この [j] も hiatus breaker の 1 種です.

 

さて,同じような現象が英語にも出てきます.少し発展的な授業だったり,或いは大学でまともに発音を習ったような良い先生に出会えれば,「linking r」とか「intrusive r」というものを習ったかもしれません.

 

linking r (連結の r,繋ぎの r,リンキング r) の方が簡単です.イギリス英語は語末に r の綴りがあっても r を巻かない (non-rhotic) というのは有名な話です.例えば for, betterstar, stair などです.しかし,実は後ろに母音で始まる単語が来ると,r が復活します.例えば for は発音記号で書くと [fɔː] ですが,例えば後ろに all [ɔːl] が来ると,for all [fɔːrɔːl] となります.この現象を linking r と呼びます.linking はイギリス系の英語であれば割と広く見られる現象で,non-rhotic な方言 (イギリス英語,オーストラリア英語等の南半球の英語,東部・南部アメリカ英語) ではほぼ起きるものと思って構いません.

 

一方で厄介なのが intrusive r (嵌入の r,侵入の r,割り込みの r) と呼ばれるものです.何と綴りに がなくても,後ろに母音で始まる単語が来ると,[ɹ] が挿入される場合があるのです.条件は「直前の母音が [ə ɜː ɑː ɔː ɪə ɛə ʊə] のどれか」である場合です.例えば law [lɔː] の後に and [ənd] が来ると,law and [lɔːrənd] となります.これは典型的なイギリス英語 (主にイングランド南部で話されているようなもの) 以外の non-rhotic な方言の中で見られます.

 

さて,一般に言われるのはこの linking/instrusive r ですが,実際には intrusive y や intrusive w というものも存在します.linking y/w は存在しません.y も w も語末にある場合はそれぞれ [i], [u] というように,母音として解釈されてしまうからです.

 

intrusive y は intrusive j とも呼ばれます.いわゆるヤ行の音は,正式な発音記号で書くと [j] になるからです.intrusive j は直前の母音が [iː ɪ eɪ aɪ ɔɪ] の場合に,intrusive は直前の母音が [uː ʊ əʊ aʊ] の場合に生じます.例えば they [ðeɪ], you [juː] の後に all が来ると,they all [ðeɪjɔːl], you all [juːwɔːl] となります.

 

これは日本語でも同じですね.サイゼリア [saizeria] なら,[ia] の連続があるのでどのみちサイゼリヤ [saizerija] になります.日本語だと intrusive y/w が出てきますが,intrusive r は出てきません.したがってサゼリア [sarizeria] にはなりません.厳密な話は難しいので雰囲気だけですが,日本語の ry/w と比べて (子音性が) 強いからだと思ってください.もっとかみ砕くなら,r はクッションとして挟むにはちょっとトゲトゲし過ぎているとでも思ってください.

 

再三申し添えておきますが,intrusion や linking というのは必ず生じるものではありません.英語でも同じです.

 

linking/intrusive r/y/w はまとめて 1 つの規則にすることが出来ます.ここではまとめて linking glide と呼ぶことにします.linking glide を規則化するには母音の分類をする必要があります.

 

単母音 (二重母音以外の母音) は舌面の位置によっておおよそ 9 つに分類出来ます.水平方向では「前舌 (front)」「中央 (central)」「後舌 (back)」の 3 段階,垂直方向では「高位 (high)」「中位 (mid)」「低位 (low)」の 3 段階で,3 × 3 = 9 つです.更に,唇を丸めているか否かで 2 種類「円唇 (rounded)」「非円唇 unrounded」,長さで 2 段階「長母音 (long vowel)」「短母音 (short vowel)」に分けられるので,全体では 36 通りになります.ただ現実には単母音でそこまで多くなることはなく,スタンダードなのは日本語をはじめとした 5 母音体系です.英語みたいに短母音だけで 12 個にもなるような体系はマイノリティです.

 

さて,今回問題になるのは垂直位置と水平位置です.もっと言うなら,「高位」か「高位じゃない」か,そして「高位じゃない」なら「前」か「後」か,です.高位母音は 4 種類あります.高位前舌長母音 [iː],高位前舌短母音 [ɪ],高位後舌長母音 [uː],高位後舌短母音 [ʊ] の 4 種類だけです.実際「イ」は舌先が口の上側の前方に行きますし,「ウ」は舌根が口の上側後方に来ます.他の母音は全部中位母音 or 低位母音です.あと高位母音に中央母音はありません.

 

まず母音連続の前者が高位母音でない場合,つまり [ə ɑː ɜː ɔː] の場合,hiatus breaker は [r] になります.次に前者が高位母音である場合,前舌母音 [iː ɪ] なら hiatus breaker は [j] に,後舌母音 [uː ʊ] なら hiatus breaker は [w] になります.二重母音は [ɪ] で終わるもの [eɪ aɪ ɔɪ],[ʊ] で終わるもの [əʊ aʊ],[ə] で終わるもの [ɪə ɛə ʊə] の 3 種類のみですので,それぞれ [j w r] が hiatus breaker として挿入されます.

 

なお,ここに出ていない音素 [ɛ æ ʌ ɒ] はいずれも高位母音ではないので,上記の規則に従えば hiatus breaker が [r] になるはずですが,そもそも英語では [ɛ æ ʌ ɒ] が語末に出てきません.英語ので語末に現れることの出来る母音は弱母音 [ə ɪ ʊ] か長母音 (二重母音を含む) [iː uː ɑː ɜː ɔː eɪ aɪ ɔɪ əʊ aʊ ɪə ɛə ʊə] のみです.強母音かつ単母音である [ɛ æ ʌ ɒ] は現れ得ませんので,linking glide の対象になりません.